ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”

    “エターナルな航海は…”


 大陸よりも何倍も広い面積を占め、人が船という代物を作って漕ぎ出してからを勘定したって相当な歳月が経っていように、まだまだ未開のエリアを山ほど残す、謎と神秘の大海原。そこに航路を認めていながらも、なかなか手を焼く難儀さから、魔海と読ばれて人々が近寄れなかった海として有名なのが。超巨大海王類の巣でもある広い凪の海に挟まれていて、外海からは侵入自体がまずは困難だった“グランドライン”という海域で。そんなややこしい自然の要害に阻まれているのもそれが原因か、島々に宿る磁力が強すぎて、ごく普通の磁石は正常に機能しない。海流が気まぐれだったり、気候がアトランダムだったりもして、船の装備も準備万端、航海士も凄腕優秀、クルーたちも強わもの揃い…な船であっても、ぐるりと一周するのは至難の業と言われて久しい“偉大な航路”は。そこに宝を残したと豪語した大海賊、ゴール・D・ロジャーの死に際の一言のお陰で、繰り出す荒くれ数知れずという“大海賊時代”を世に招き。自然の要衝のみならず、暴虐な海賊共が闊歩するという意味でも危険な、ますますととんでもない海域になってしまったのだけれども。そんなこんなを苦にもせず、時に自身の苛酷な宿命と向き合ったり、皮肉な巡り合わせに立ち会ったりをさせられつつも、決して折れなかった強靭な精神力もて、見事“ワンピース”の謎を明かし、秘宝を“手に入れた”新しい海賊王が現れたのが、かれこれ10数年ほど以前の話。新しい伝説を紡ぐかと思われたその英雄は、だが、そんな華々しい偉業を確かにやり遂げたにも関わらず、ほんの数年ほどでふっつりと消息を絶ってしまったのだとか。海軍に捕らえられただの暗殺されただの、先を越されて悔しがる海賊たちに追われる身となったので姿を隠しただの、果てはロジャーの残した秘宝の呪いで死んでしまっただの、行方に関しちゃ諸説紛々。ただまあ、彼に直接接した顔触れは、行方は知らないと言いつつ…どんなリアルな噂話へも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりなお顔になるものだから。その一方で、海軍がその指名手配書を延々と発行し続けるものだから。どうやら死んでは無いらしいというオチが、これもまた秘やかに囁かれ続けてもいるのだが。

  ただ、本当の真相というものを知る人は限られていたし。
  ましてや…その係累が今、
  そのグランドラインへ再び大きな嵐を招くだろう、
  海賊王を目指す出奔を果たしていようとは。
  片手に余るほどの人々の間でしか、
  知れ渡ってはなかった事実なのであったりし。


  ……いろんな意味から お久し振りです。





         ◇◇◇



 先の海賊王もそうだったが、苛酷な航路を制覇したことで“王”という名前こそ冠にいただきもした彼は、だが、そんな勇名をもって他の海賊たちを統括したって訳じゃあない。思い入れの深い地域は“俺に断りもなく蹂躙すんな”という睨みを利かすくらいはしたかも知れぬし、そんな効果を受け継いで、中立海域をいまだに頑張って護っている自警集団も少なくはないけれど。それでも…相変わらずに無頼無法な海賊もうようよと跋扈しているし、それらを取り締まる世界政府の海軍も、監視の眸を殊更鋭く光らせているのが、ここ“グランドライン”であり。

 「考えてみりゃあ、狭い世界じゃああるわけよね。」
 「? 何がだい?」
 「だって考えてもみてよ。外海の方が断然広いのよ?
  ということは、そっちを航海する方が移動距離だって長いんだし、
  珍しいものだって遥か彼方の土地にはたんとあるに違いない。
  しかも、そっちなら羅針盤も普通に使えて、
  気候だっておおよその配置はそうそう極端に違わない。」
 「そうだってね。」

 そんな話を持ち出す彼らは、だが、生まれも育ちもこのグランドラインなので、あくまでも想像で語っているのだが、

 「それを何でまた、
  海賊ばっかがオプションでついてる航路しかないこんな海に、
  こぞって来たがるんだろ。」

 いや、外海は外海で、彼女の言う無難な航路を活用し、それなりに発展してもいるんだろけどと。思いはしたものの、ここでそれを言っても詮無いかと思い直し、口許に苦笑を一瞬浮かべただけで済ましたお兄さん。痩躯ではあれ、男性としての標準だろう大きな手で、ひょいとフライパンを揺すぶって、アイナメのポアレ、バター風味を調理中。オーブンからは蜂蜜パンの甘い香りが立ち始めており、水回りには大きなボウルが置かれてあって、甲板にある菜園から摘んで来たサラダ菜とプチトマトが、きれいな水の中にひたされてある。料理はまだまだ半人前ながら、ドレッシングやスープなら父上譲りの絶品が作れるというおしゃまな少女が、ついさっきまで撹拌していたガラスのボウルには。淡い金色の特製ドレッシングが出来上がっていて、手持ち無沙汰になったものだからと、今日の当番の相棒でもあるお兄さんへと他愛の無い話を振っており、

 「大体、真冬の海域からいきなり真夏のそれへ入れ替わるのって、
  ものすごいエネルギーが拮抗し合ってるってことじゃない。」

 それって何かへ応用出来ないものかしら…と。ほんの先日まで居た冬島海域が死ぬほど寒かったと辟易しているベルちゃんが、どう思う?と話しかけているのが、この船では新米な乗組員、フレイアさんというお兄さんであり。

 「応用って?」
 「だから…例えば、お互いの島をパイプラインで繋いで、
  冷気と暖気とを交換し合うとか…。」

 「それって、パイプん中を移動中に ぬるまってしまうだけなんじゃあ?」

 例えばのお話を、それも途中で腰を折ってくれた声の乱入へ、うっと言葉に詰まったそのまま、くるりと振り返ったお嬢さん。お父様譲りの青い瞳をキッと尖らせると、

 「だ、だからっ。例えばの話を…っ。」

 思いつく端から言ってみていただけよと続けかけたそんな彼女へ。甲板からやって来た黒髪の少年はといえば、話を聞いているやらどうだか、窓から降りそそぐ陽光が明るく満ちたキッチンをすたすた足早に歩んでくると、自分が手にしていた筒のようなもの、ほれとベルへと差し出した。

 「? なにこれ?」
 「さあ。見晴らし台にいたあいつがサ、頭の上から落っこってきたって。」

 書簡筒みたいだから、伝信鳥でも飛んで来て落としてったんじゃね?って言ってるが。え〜?それだと受け取りもらうまで帰らないって聞いたけど?と、これは、傍らにいた歳嵩のお兄さんへ同意を求めるように訊いたベルちゃんへ、

 「そうだよね。それに、目印のある船へしか寄り付かないって訊いてもいるよ?」

 航海中の船へ新聞を運んでくる“ニュース・クー”は、馴染みの船も多少は覚えているのだろうが、特にどの船という目串を刺さなくても、舞い降りて来ては配達して回る格好で商売が成り立っている。だが、宛て先が限定された書簡となると、そんな行き当たりばったりは通用しないだろから。配達契約のある船へは特殊な目印があって、そこへ目がめて飛んでゆくのだと聞いたことがあったらしいフレイアで。

 「第一、航海中の船への連絡だったら、今時なら電信を使うだろうからね。」

 電伝虫という特殊な生き物を改良した電信の仕組みは、航路の開拓とともにどんどん広く波及もし、海軍が使う特別な周波数以外への契約で、一般船も利用出来るようになって久しいため。地続きじゃあない土地への連絡も、昔ほど無理難題ではなくなっているという御時勢だし。そんな背景なところへかてて加えて、郵送物への契約なんてしちゃいないこの船へ、なんでまた相手限定の郵送物が届くのよと。ますますのこと不審満載の書簡筒を受け取ったベル嬢だったのへ、

 「でもさ、ここいらの海域なら、ほら。」
 「…あ。」

 思い当たることがあるだろと話を振った黒髪の彼は久世衣音といい、この小さな冒険船の航海士。そして、そんな彼の肩の向こうから、ひょこりと顔を出したのが、

 「もしかせんでも、トビウオ便だったらしいぞ、それ。」

 遅ればせながらのご登場。人工芝を思わす緑の髪を、今はざんばらの伸ばし気味にしておいでの、いかに利かん気そうな顔立ちをした少年が、キッチンの戸口へ姿を現しており。剣ダコのせいもあってのごつごつした手で親指立てつつ、背後だか頭上だかどっち着かずな方向を指しつつ、

 「トビウオライドに何かごっつい荷を積んだおっさんが今来てよ、
  ベル=サンジェストさんへっていうそれを置いてったぞ。」





       ◇◇◇



 いいお天気だから昼食は甲板で食べましょうかということで、船長と航海士さんにテーブルを出させ、風味豊かに溶かしバターをかけつつのあぶり焼きにしたアイナメを天こ盛りにした大皿と、焼き立てパンにサラダ菜とトマトのサラダ、ブルーベリージャムを包んだサックサクのパイというラインナップを、ベル嬢とフレイアさんとで運んで来ての、さて。板張りの甲板へでんと置かれていたそれは、船荷用のオーソドックスな蓋つきの木箱。航海向けの荷物用だと判るのは、縁やら角やらに金属板や鋲でこれでもかという級での頑丈そうな補強がなされているからで。

 「大したもんだね。
  郵便関係や配送関係へ登録してない船へまで運んで来ちゃうとは。」

 せめてどこを航海中のどういう名前の船というよな、登録なり航海予定の提出なりをしていての、関係筋へこまめに連絡を入れていりゃあともかく。この航路ではそれが当然な処置として、船首への記名もしない船を目がけ、よくもまあ間違いなく届けることが出来たなぁと。ベルちゃんが書簡筒から引っ張り出してた配達通知書を、傍らから覗き込みつつフレイアが呆れ、

 「そういやそうだ。あのおっさん、船の名前がよく判ったなぁ。」

 そういえば、主役のキャプテンさんにま〜だ名前のない、異例なまんまで続いているこのお話ですが。もう1つ、名前が無いよなもの なのがありまして。
「そういや、仮の名だったよな。えっと…。」
「海の勇者…の、えっと?」
 一応、島について港へ係留するおりに、必要書類へ船の名前も記録するのだが、それにしちゃあ…船長殿も衣音くんもその口にすらすらとは上らせられないでいるらしく。

 「あんたたちって、ホンットにいい加減なのよね。」

 平和な土地なら手続きは女性の方が当たりも柔らかだろうと、そういう必要がある土地ではもっぱら代表者を務めるベルが、全くもうもうと口許を尖らせる。いい機会だから船の名前ももっと粋なのにつけ替えたら? それは出来ねぇ。そうそう、よほどのこと呪われてるとか同じ名前の海賊船がいたとか、そんなよんどころのない事情でもない限り、船の名前ってのは変えられないもんなんだって。

 「それでなくとも、
  船には乗組員がその心意気で命を吹き込む、
  最後のクルーって扱いになるからな。」

 うんうんともっともらしく頷き合ってる男どもへ、目許を眇めたベルちゃんが、

 「だったら名前くらいは覚えてておやんなさい。」

 呆れたか怒ったか、十分に低めた声でぼそりと言ってやったのもまた、無理の無かろうお言いようではあったのだが。
(笑)

 「大体、トビウオ便の社長は、ウチのパパには何か恩があるらしいから、
  どんな無理難題だってきくって話を聞いたことがあるわ。」

 「…ふ〜ん。」

 随分と開拓されつつあるグランドラインに、めきめきと頭角現して来た輸送会社は多数あれど。海賊崩れではないというのが珍しい、速くて確実をモットーにした配達便、空を飛びさえするトビウオライドをトレードマークにしている“トビウオ便”は、新世界の手前までの穏便な海域じゃあ、シェアも評判も世界一かも知れぬとまで言われているが。一体なんでまた、そんな会社の創業者、現在もバリバリに現役の社長が、バラティエ2のオーナーシェフ殿と親しいのか、無理な移送話も絶対に引き受けるのかは…一部の人々以外には不明のまんまだ。

 “ママなんて絶対に知ってるはずなのに。
  お腹抱えて笑うばっかで、全然話してくれないんだもの。”

 そりゃあまあ、ねえ?
(大笑) 似ていないせいでお咎めもないのだとはいえ、今でも“手配書”と口にするのは、バラティエの厨房でもトビウオ本社でも憚られているそうだしねぇ。

 「ってことは、これってオールブルーから来たのか?」
 「うあ、それって凄い距離じゃね?」

 魔海と冠されている“グランドライン”の海域内ではあるが、一般の船でも行き来が不可能ではない位置にあるオールブルー。ベルの父上、サンジという史上最強のコックがオーナーシェフとなって経営している海上レストランがそこにはあって。美食家たちが命懸けてでもと運んでは、天にも昇ろう至高の美味を堪能する、知る人ぞ知る、地上の楽園とまで謳われて久しい店なのだが。そこから旅立ってどのくらいになるものか、ここからは結構離れた遥か彼方な筈だのにと、あらためての感心をした少年二人を尻目に、見るからに武骨で無粋な外観の厳重な木箱へと近づいたベルちゃんはといえば、

 「……あら。」

 お届けものがありますよという旨を記載した書類と共に、木箱の鍵も同包されてた書簡筒。それを使って蓋を開け、やっとこお顔を出した本来のお届けものの包みを見たお嬢さんは、だが。微妙な心持ちになっておいでか、驚いているのか喜んでいるのかが判然としない、強いて言や、お顔が軽く固まったままでいるものだから。

 「どしたんだい? おや…これは可愛らしい。」

 すぐ傍らにいたので真っ先に中も見ることとなったフレイアが、幾つか入っていた内の一つ、華やかな包装紙を見ただけで、そんな感想を述べている。ばら色やピンクの上等な包装紙に、パールがかった深紅のリボン。純白の高価そうなレースでくるまれた包みもあって、

 「…明らかに女性向けのあれやこれやだな。」
 「しかも高級品ばかりらしいな。」

 店の名がプリントされてる訳じゃあなくとも、そんな中身だというこを易々と彷彿とさせ、知っている者には、

 「ええそうよ。こっちは誂えもの中心の洋服店のミディの包みだし、
  こっちのガーベラのリボンフラワーがついてるのは、
  世界中の靴が何だって揃うアンジェシューってお店の箱よ。」

 それ自体が宝石箱のようなきらびやかな小箱はやはり有名な宝飾店のもので、レッドラインの上、聖地マリージョアにしか扱う店がないという、マーメイドタイスという貴石を埋め込んだネックレスが、

 「今年の社交界へのデビュタントには流行しているんですってよ」

 デビュタント?と、お顔を見合わせてしまった少年二人の反応へ、淡灰色の髪を柔らかに揺らして苦笑をこぼしたフレイアが、

 「社交界へと初お目見得をする、
  つまりはデビューすることとなってる、紳士淑女の卵のことだよ。」

 そんな補足をして差し上げており。その先と、それから…彼らの反応をわざわざ聞きたくは無かったか。手紙だけを手にふいっとそこから離れかけたベルだったものの、その手をひょいと捕まえたお人があり。

 「はい、これ。」

 冷めないうちにお食べねと、フレイアが差し出したトレイには、ポアレやサラダ、パイを取り分けたディッシュと、香り立つ紅茶のそそがれたカップが乗っている。

 「あ、ありがと…。」

 こういう時ほど、深くは聞かぬまま察してくれる大人が居ると助かると。現金にもそんなこんなを思いつつ、トレイを手にキッチンへと引き返す彼女であり。だが、そんな彼女が案じた片やでも、

 「今更 社交界にデビューしろって言われてもなぁ。」
 「いや、そういう機会があったら、これで間に合わせなさいってことなんじゃあ。」

 彼女が触らなかったのだからと、荷はそのままに、だが、こちらさんでもそのくらいの察しはついたらしい二人の坊っちゃんたちが、困ったおじさんだと言わんばかりに目許を顰めていたりして。女の子や大人に比べりゃ、破天荒だったり大雑把だったりする彼らだって、ベルの気性くらいはそろそろ把握もしておいで。海賊志望の二人についてくと言い出し、そのままついて来たくらいだから、普通の女の子が求めるような世界や居場所には関心もないのだろうにと、そんな風なご意見を交わしていたのへ、

 「まあ、そうと一概に決めつけるのもね。」

 こちらへもさぁさ席に着いたり着いたりと、芳ばしい香りを上げてるメインディッシュを取り分けながら、育ち盛りさんたちへと話しかけてるフレイアお兄さんで。

 「俺もまだ、あんまり彼女には詳しかないけれど。
  随分と世間の狭かったお嬢さんだったらしいなってのは判る。」

 島じゃあなく、船で生まれて育った子だ。箱入りだったのもまま仕方がないし、近隣の島へのお出掛け程度はこなしてもいようけれど。まだ幼いということと、両親からの溺愛を受けてた真っ盛りだったのだろうから、見識のあちこちが訊いて知ってるだけなものだらけというのは、何となく判りもした彼であるらしく。

 「ご両親にすりゃあ、先々への選択肢はたくさん持ってほしいのだろし、
  彼女自身にしたって、
  海賊になるかどうかはさておいても、
  冒険家やトレジャーハンターやっていう方向にばかり、
  その先々を決めつけられるのもまた、かなわないんじゃないのかな。」

 いかにも女性向けの包装紙や小箱の山を見て、あ…っと一瞬、その双眸が輝いたのを見逃さなかったフレイアとしては。いくらどんなに、彼女自身が“柄じゃああない”と言ったとしても、それをそうとだけの一通りしかない答えだとは受け止められぬらしくって。

 「…だからって、君らのような筋の通った覚悟がないとまでは言わないけれど。」

 これが物見遊山ではない、生き死に懸けた航海だという覚悟もあろうベルだというのも、健気にも戦闘に参加したり、若しくは息を殺して嵐の通過を耐える姿を知っている。先だっても…随分と巨大なガレー船が、大人げなくも可愛らしい小船へ砲撃を仕掛けて来た事態へ。万が一にも乱戦へ流れが向いたら危険だと、ギャレーに隠れてろというキャプテンからの厳命が下ったの、日頃の我の強さを出さずに飲んでいた。怖かろうからとか何だとか、余計なことは付け足さなかった緑頭の坊やもまた、彼女の覚悟くらいは判ってたろうから…単に危険だからとだけしか言わなんだのだし。彼女の側も側で、自分の戦闘力への把握があったからかムキにはならず、だがだが口惜しそうに唇を噛みしめていたし、

 『フレイアは、ギャレー前を固めて。』
 『……え? あ、おう。』

 ホワイトマックスイルカのチャッピーともども、てっきり主戦力として当てにされるかと思いきや、甲板は俺らに任せてと言い切った剛の者二人だったりし。その意気揚々とした戦士のお顔は、決して…物を知らない子供の向こう見ずから出るものじゃあない、威風さえ滲ませての頼もしさに満ちており。子供しか居ないらしい変わった船を、評判も知らぬままに甘く見たらしき、頭数こそあれど腕は半端な連中だった連中は。自分たちが海賊なのだとわざわざ宣言したうえで、金目のものがあるなら出せと、立派に脅迫して来たものだから、

 『…じゃあ、恨みっこ無しという方向で。』

 まずはと衣音が小柄を降らしかけ、帆の索具やロープを切るわ落とすわで制御不能とし、砲台へは…特殊細工のなされた砲丸をえいやそいやと投擲してやり、中から飛び出た古い油や水あめで、打ちたくても打てぬよにとの先制攻撃を仕掛けてのそれから、

 『なっ!』
 『こんの小生意気なガキどもがっ!』

 やっとこ本気の怒りに滾り立った連中が、鉤つきの索縄を投げてくるのへは、

 『こっちぃ来る前に、自分の船の心配をしなっ!』

 四方八方に果てしなく開けた海上。よほどのこと、気の張った声でなければ、潮風に浚われ届くはずもない距離もあっての相手へだというに、船長さんの放った一喝はそりゃあ鋭く相手へと届き。しかもしかも、

  ―― 哈っ!!

 刀身がやけに大きい、しかも柄も微妙に長いという。どこにも同じものはなかろう、奇抜な大太刀。自分の背丈ほどもあろうかという奇矯な形のそんな太刀抜き放ち、まだまだ幼さも抜け切らぬ面差しと成熟足らない肢体を保つ船長の、覇気滲ませたる豪快な一閃は、だが。単なる素振りのようなもの、船端から飛び上がりもせぬままのそれだったにも関わらず、

 『何を、カッコばかり気取りやがって。』
 『馬っ鹿じゃね?』
 『ガキが聞いた風な口聞いてんじゃ…』

 ねぇよと続けたかったらしい男の声が。いきなり どんという衝撃受けたがために、ゆさゆさと大きく揺らいだ船の動きに制される。船同士だって触れ合いもせぬほどの距離がまだあるその上に、くどいようだが相手は湾内クルーズ程度しかこなせないようにしか見えぬ、小さな小さなキャラベルで。だのに、そちらには何の動きもないままだから、大きな波が立った訳ではないらしく。ギギギ、ゴリギリと物騒な音立て揺らいだのは、こちらのガレー船の方のみで…しかも。

 『………え?』

 大きく片側へ通された格好になった船体は、倒れ切るぎりぎりで踏みとどまっての体勢を立て直し、今度は反動で元の位置へと戻りかけたその揺れの途中で。

  ――― ばきっ、と

 乾いた音が鳴り響いたのと同時の進行。そこへと剣圧が集中して当たったらしい船腹に、大きな鉤裂き、切り取り線のように描いて走ったのを追って、船自体もぱっくり割れたから物凄く。しかもしかも、

 “……またしても、額が光ってたらしいんだよな。”

 悪魔の実を食べた訳じゃあないというし、途轍もない乱戦の後は、電池が切れたみたいにくうかくうかと眠りまくるほど疲れもする、ごくごく普通の子であるはずが。微妙な弾み、とんでもない集中から大力を発揮するときはいつも。その堅そうなおでこに、不思議な光跡が煌いている子でもあり。


  “だってのに、ご本人は覚えがないらしいのがどうもな。”


 能力者でなくたって、例えば伝説の大剣豪、彼の父だというロロノア・ゾロ氏なぞは、鋼の刀だけで…石積みの建物やともすりゃ鋼の砲台だって切り刻んでいたと聞くし。能力者ではないままな、生身の人間にだって、そういった奇跡が起こせぬでもないらしいのではあるけれど。

 「………イア、フレイア? どしたんだ?」
 「え? あ、ああ。お代わりかな?」

 しまったついつい、気を逸らしていたと。怪訝そうに声をかけて来た坊やたちへ、我に返って苦笑を浮かべるお兄さんの方も方で、相変わらずに何か抱えておいでのようだが。今はまだ、それらも内緒内緒の胸のうち。坊やたちの夢まで何マイル? ロウソク灯してゆけるかな? カモメも飛ばぬ大海の上、帆を叩く風の音と、単調なさざ波の音だけが聞こえてる、昼下がりの一幕だった。





  おまけ


 「そうそう。君らに言っとかないといけないんだった。」

  「? 何だ? フレイア。」
  「あらたまって、何かあるのか?」

 「この辺りだって新世界に入った海域も同然じゃああるが、
  正確にはレッドラインを越した向こうが、百鬼夜行の新世界。」

  「うん。」
  「らしいね。」

 「大陸を越すということは、陸へ上がるということになるが。」

  「え? 運河とかがあるんじゃないのか?」

 「残念だが、ないねぇ。
  恐らく一番オーソドックスな、
  リヴァーズマウンテンから入って来たんだろうけど、
  あれと同じ、途轍もない岸壁が延々と続く大陸が立ち塞がってるだけなんだ。」

  「じゃあ?」

 方法は二つ。岸壁の下部に海軍本部直轄の検問があるのを乗組員だけで通過し、聖地のある大陸を横断し、向こう側へと至ってそこで新しい船を仕立てるか。それがいやなら、船へ潜水能力を持たせるための“コーティング”をして、深海の島、魚人島を経由して向こうへと至るか。

 「…ってゆうか。その辺の話はご両親から聞いてないのか?」

 ここをも通過してこそ、噂の秘宝“ワンピース”にも至れたのだろうにと。今度はフレイアの方が怪訝そうなお顔をすれば、

 「う…ん。何か切迫した大事があったような話じゃあるんだけどもさ。」

 なあとお顔を見合わせた船長さんと衣音くんであり。そこへ、キッチンから出て来たベルちゃんも加わって、話を聞いたそのまんま、やっぱり表情が不安定なそれへと塗り替わる。
「あたしもあんまり詳しい話は聞いてないんだけどもね。」
 海賊だったというのだって初耳もいいとこだった彼女もまた、おとぎ話のように聞かされたあれこれが、実は両親の体験談だったらしいと、今になって気づいてはおり。

 「何でも、シャボン?何とかって島で大掛かりな捕り物に引っ掛かってしまって。
  そこでクルーの全員が、能力者の力で各々遠くへ飛ばされちゃったんですってね。」

 だから、自分の身の上へ起きたことしか知らないって。何か大事もあったらしいんだけど、それだけは聞かないでって。ああそれは俺んチも同じだった。うん、師範もルフィさんも、あんまり話したくはないらしくてさ。

 「そっか。じゃあ、どんな通過をしたかも訊いてなかったのか。」

 海賊王となったほどの人物が、それも結構明けっ広げにいろんな話をしてくれたと言ってたお人だったらしいのが、その話だけはしなかったということは、もしかしたらばあの、四聖級の大海賊らの世代交替が起きたとかいう、伝え聞きでも凄まじかった、伝説の大戦さの件なのかも知れぬ。それへと巻き込まれたか、いやいや、もしかして火種となった彼らなのかも?

 「それで、だ。君らはまだ、海賊としての名乗り上げはしていない。
  七武海や四聖でもないんだから、
  別にどっかへわざわざ登録するもんじゃあないけれど。
  海賊旗を挙げてもないから、
  単なる物見遊山の船ですと、誤魔化したままでの通過は可能だが。」

 「それだと、この船を置いてかなきゃいけないんだろ?」

 フレイアの言の後を接ぎ、衣音が応じたのへ。船長殿は勿論のこと、ベルまでもが大きくかぶりを振って見せ、

 「冗談じゃないわ。そんなのどれほどお金がかかる話だか。」
 「当ったり前だ。それに、それ以前に、この船はウソップさんにもらった船だぞ?」

 代わりの船なんてあるもんか、そうよそうよ、こんな便利で楽しくて逞しい船、そうそう見つかるもんですか…と。微妙に、価値観というか基礎となってる何かが食い違ってる言いようなれど、結論は同じことを言っている二人でもあって。それへ、衣音くんも大きく頷いたからには、多数決を取ったと見てもあっさりと決定した“これから”であり。

 「それじゃあ、
  これから向かうシャボンディ諸島で、
  この船をコーティングしてもらう、で決定だね?」

 うん、と。大きく頷いた年少さんのクルーたちだが、あでも、費用って高いんじゃないか? うあ、島へ入る前にモーガニアに遭わねぇとな。ファイトマネー方式じゃあ そうそう溜まらないわよ? こっちから引っかけて数を稼ぐか? いやいっそ、島の間近で同じような目的の海賊に当たって砕けろを敢行するとか…などなどと。末恐ろしいこと口にする彼らなのへと、

 “ナイーブなんだか、大物なんだか、だよねぇ。”

 困った和子たちだよねぇと、やっぱり苦笑がこぼれてしまうフレイアさんだったりしたそうな。




  〜Fine〜 10.01.26.

  *カウンター 335,000hit& 339,000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『月と太陽の坊ちゃんたちを、フレイアさんの視線で』


  *首が回らないうちはキーボードにも長時間触れずで、
   何よりお話が全然浮かばないという困った状態でおりまして。
   せっかくのリクエストに時間が掛かり、
   お待たせしてしまってすいませんでした。

   それにしても、前のお話から間が空いた内に、
   こんなにもあれこれと原作さまの話が進み、
   設定もそうですが、展開もとんでもないこととなろうとは。
   そしてそして、
   ルフィが一人で見聞きした大きな事態を、
   でも…彼自身はやっぱり語らないんだろなというのと同じほど、
   サンジさんもまた、どういう島へ飛ばされたかなんて話は、
   ベルちゃんどころじゃあない、
   ナミさんにも他のクルーにも明かしてないんじゃあ?
   あ、でもイワさんとかいうお人はそこの王様なんだったっけ?
   じゃあ、少しは触れるのかなぁ。う〜んう〜ん
(笑)


ご感想などはこちらへvv

 
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